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特殊詐欺拠点から110人脱出 監禁と暴力・東南アジアに拠点移動の実情とは

勤務先は「タイの観光地レストラン」と聞いていた。 ところが、空港に着くや否や目隠しをされ、バスに乗せられ、 着いたのはカンボジア国境付近の見知らぬ施設。 そこから先は、逃げ場のない監禁生活だった。 オンライン詐欺のノルマを課され、 殴る蹴るの暴行、電気ショック、そして「臓器を取るぞ」という脅し。 「海外就職」「高収入」「初心者歓迎ITの仕事」といった 言葉に誘われて 帰ることができなくなった生産世代。 どのくらいの被害者がいるのかということすら把握することが難しい。 オンライン上の犯罪は、法規制の行き届かない国に拠点を置くことが 有利だということで、カンボジア は世界的な詐欺組織の拠点となっている。 こういった組織は、国の政府要人と近い関係、警察も買収されているから、全く手出しができないのかというと、そうでもなく、ミャンマーなどと比べればまだ可能性がある。 シンガポールの場合は、自国民を標的にした詐欺事件が発覚すると、 現地カンボジア警察と共同捜査で、犯行組織を摘発している。 日本や韓国の警察も、同じように共同で捜査を頻繁に行っているとのこと。 捜査能力が高い国や、国際的な共同捜査を頻繁に行っている国は、被害者はいても、そうでない国によりも被害者数や被害額が抑制されているようだ。 そうでない国の例、インドネシア政府の発表によれば、カンボジア国内にいる インドネシア人労働者は推定で 8万人以上だという。 インドネシア 政府は、大変深刻な問題だとして外交的な交渉を続けているとのことだが、 いまひとつどうなっているのか。はっきりしない。 涙ながらに政府に助けを求める現地からの映像、虐待を受けている映像が、出回っているが本当に痛ましい限りだ。 # tki kamboja minta tolong 逃亡しようとすればさらに厳しい罰と報復があるだろうし、現地警察は組織と癒着しているから、警察が助けてくれるわけがない。 建物の中から長い棒を持った男たちがぞろぞろと出てきて、 Tシャツ短パンサンダル履きの全く無防備なひとを路上で袋叩きにしている映像をみた。 そんな光景は現地では、よくあることなのだという。 # wni kabur dari komplek penipuan 詐欺団地といわれる建物の中には、脱出を試みた労働者が閉じ込められる 独房もあるという。引き戻されれば見せし...

同じ演説を聞いたことがある...高市早苗氏の就任演説に背筋が寒くなった理由

最近世界各国で起こっている大きなデモや暴動のニュースをみてみると、 キッカケはそれぞれ違っても、腐敗した政府対国民の怒りという構図は同じ。 途上国だけでなく、先進国も。  期待されていない人が勝利する怪しい選挙。 大抵はもうその時点から、次に起こる悲劇は目に見えている。 一つの国でウォッチングすれば、ニュースを聞くだけで 何が起こっているのかおおよそのことは想像できる。 こういう仕組みに国境はない。 どこの国の話もどこか似ている。 お天気の話より共有できる世界共通の話題。 日本では、高市早苗氏が自民党総裁に選出された というのは、久々の明るいニュース。 JNN最新の世論調査によれば、高市氏に「期待する」 と答えた人が66%だというし、前任者よりずっと良さそうだ。 長い暗黒の時代。直接投票できるわけではないから、 本当に歯がゆいのだけれど、期待できるとひとが選ばれて本当によかったと思う。 少なくともコミュニケーションは向上しそうだ。 それは、気迫のこもった就任演説で既に感じられた。 世襲の政治家ではないということも 今までにない、新しい変革を起こしてくれるような期待感を抱かせてくれる。 現時点でより良い選択だということは確かかもしれない。 でも、その就任演説を聞いていて、 思い出したのは、 昨年、2期、10年の任期を終えたジョコ元大統領の 最初の大統領就任の演説。 「働く、働く、働く」「働かない大臣はクビにする」 高市氏が、全く同じことを言っているのを聞いて 背筋が寒くなった。 ジョコ元大統領も、庶民の出身。これまでのようなエリート一族の出身でないというところが注目されていた。 今にして思えば、当時のマスコミの持ち上げ方が異常だったかもしれない。当時のイメージは誰に聞いても無茶苦茶良かった。 「働くための組閣」として最初の人選は中々良かった。違法漁猟船を沈没させることで有名な、スシ海洋漁業大臣が話題になったのもその頃。 パプア州にも道路ができて、開通式には大型バイクで試走。着用したジャケットも靴も国産の中小メーカー。このニュースの後、注文が殺到するという地方活性策もさすがビジネスマン、話が早い、という感じだった。 ヒリリサシが何なのかはよくわからないけど、白いシャツの袖をまくり上げて、黄色いヘルメット姿で視察する姿はまさに活動的な大統領だというイメージだった。...

正義と破壊の狭間:デモはなぜ暴動へと変わるのか?

元IMFの理事、歴代 三人もの大統領の下で計14年間も財務大臣を勤めたスリムルヤニ氏が辞任した。 8月末の政府への抗議デモの後に続く暴動で、自宅を襲撃された後数日後のことだった。 あの朝、同氏の自宅前、暴徒が持ち去らなかった日用生活品が家の前の歩道に散らばっている様子が、ニュースで報道され、その中で 家族の集合写真が投げ捨てられている映像がクローズアップされていた。 如何なる理由にしても、そんなところまで報道してしまうニュース番組もどこかおかしいと思うが、あの時の大手メディアの暴動の報道の仕方は、腐敗に対する怒りの対象を特定の人物に向けて、さらなる個人攻撃を煽るか、または、次は誰の自宅が襲撃されるかを煽ってでもいるかのような、違和感が確かにあった。 ‥本人にしてみれば、どんなに辛いことだろう。どんなに気丈な人でも、心が折れるだろうなという印象だった。 仕 事一筋で、どこの会社にもいるベテラン経理さんのような、きっちりした雰囲気が親近感を覚える女性大臣。 汚職政治に嫌気がさしてキャリアアップして、戻ってきてくれたスーパーウーマン的なイメージだった。 任務に忠実なだけに、上司である大統領の命令に忠実に従ったからなのだろうか。J元大統領任期中の腐敗が暴かれるようになるにつけ、共犯者だったとみられるようになっていたし、税務に関する汚職も野放し状態、それでいて、一般人に対する取り立ての強化を全力で推進している。 自宅が暴徒に襲撃されたのも、やはりつもり積もった恨みで、信頼していただけに裏切られたという印象があったし、重税を課した張本人として、怒りが向けやすかったというのはある。 但し、 私生活で贅沢ぶりを見せびらかしたりするような人物でもないし、私腹を肥やしているという話もなかった。本当に汚職政治家を裁くことが目的なら、先に裁かれるべき人物はほかにいくらでもいるのに、何故、同氏の自宅が襲撃されたのか? また、厳重に軍が厳重に警備していたはずなのに、何故、暴徒のなすがままにさせたのだろうかという謎も残る。 実際どんな事情があったのかはともかくとして、スリムルヤニ大臣が、他の4 人の大臣共々交代となったことは、国内では一応のデモの成果だったと考えられている。 一部の元大統領派の大臣の交代だけでなく、暴動の直接の原因となった国会議員の住宅手当てが取り消しになり、暴言を吐いた議員も解...

Z世代の抗議活動?『ONE PIECE』海賊旗と全国一斉暴動の裏側

インドネシアのSNSでよく使用されるスラングにヌグリ・コノハというのがある。 これは、 日本のアニメの ナルトの物語の舞台となる”木の葉の里” みたいな国という意味で ”救いようがないな。 ここはヌグリコノハだからな”とか  ”これはヌグリコノハの話だけどね…” というふうに、政治の理不尽さや社会の矛盾を皮肉ったりするときに使われる。 自分たちの国がどうしようもないといってしまうと、 ダイレクトな自己否定になり、ネガティブなイメージになる話を、架空のものがたりのニュアンスと重ねて表現することで共有しやすいものにすることができる。 インドネシアでは8月17日が独立記念日 毎年2週間前ぐらいから、家の軒先に国旗を掲揚する習わしがあるが、今年は、この習わしにも、日本のアニメのイメージを借用した新しいトレンドがうまれた。 それが、『 ONEPIECE』に出てくる麦わら帽子の海賊旗を、 国旗と一緒に掲揚するということで  ”この国は今、腐敗政治家という海賊に乗っ取られています”   ということを表 すのだそうだ。 また”現状に目を瞑って、何事もなかったかのように 独立の国旗を掲揚することこそが、 独立の精神に反しているのだ !” という。 インドネシアの独立の歴史というのは、 建国の父スカルノ初代大統領ら 植民地政府という強大な権威に立ち向かった 学生たちの物語 民主主義を貴ぶことは、国家理念にも盛り込まれているが この旗が現れ始めた当初から、一部の政府要人や警察は、 分裂を煽るものだとして、海賊旗を掲揚したら逮捕する みたいなことを言いだした。 独立記念日に海賊旗を掲揚した人が多かったわけではなく ネット上のトレンドに過ぎなかったが、 丁度、独立記念日の前の週にジャワ州のパティ県というところで行われたデモでは、この海賊旗が掲げられたという。 ”デモやるならやってみろ5万人集まったって、 土地建物税250%の増税案は撤回しない!” という知事の強気の発言が炎上して注目を集めたものだったが、知事を謝罪させ、増税案を撤回させることに成功した。 さい先の良いスタート、そこでこの、海賊旗デモはこれから全国各地に拡散するのではないかと期待された。 実は、この地建物税の増税というのは、税率を上げるのではなく、地方政府財務局の権限で調整することが可能な 土地課税...

元大統領の学歴詐欺疑惑 - 卒業証書偽造の真相は?

真面目に努力した人々の信頼を裏切り、教育制度全体の信用を失墜させる学歴詐欺。これを平気で行うような人物が権力を握ると、それを隠蔽やさらなる不正のために利用することも平気でやってしまうので、世の中が非常に乱れる。さらにそういう訳ありの人物ほど権力の座にしがみつきたがるという傾向があるようだ。 現在インドネシアで最も熱い話題になっているのが、10年間も国の最高責任者を務めたジョコウィ前大統領の卒業証書偽造疑惑。ジョコウィ大統領の人となりについては、これまでも何度か触れたことがあるが、旧体制をぶっ壊すイメージで登場し、国民ではなく、外国の利益のために精力的に大胆に働いたというところが日本の小泉元首相と重なる。 かなり乱暴なやり方で自分の息子を副大統領に当選させただけでなく、国務長官、警察長、最高裁判所長官、汚職撲滅委員会委員長、そしてその他現政権の組閣にも腹心を留任させるというやり方で、ジョコウィ大統領は退任した後も現政権でも強い響力を維持している。 オバマ大統領には、出生地に関する疑惑がつきまとっていたように、ジョコウィ前大統領にも卒業証書の信憑性に関する疑惑が、任期中からつきまとっている(因みに、幼少期をインドネシアで過ごしたというオバマ元大統領とJ大統領には1961年生まれという共通点がある) ジョコウィ前大統領(以下J大統領)は、2005年から2012年まで地元のソロ市で市長を務め、2012年ジャカルタ特別州知事に就任、その2年後、2014年の大統領選挙で初当選、2019年の再選を経て2期目を務めたが、問題になっているのは2019年の出馬の際に、選挙運営委員会に提出し、選挙運営委員会のウェブサイトで公開されている卒業証明書類。 2018年、一般人男性が個人のフェイスブック上で”J大統領の卒業証書には、1980年スラカルタ第6高校卒業と書かれているけれどその高校の創立は1986年。ということは卒業証書は偽物なんじゃないか’ という疑問を投げかけたことが問題になる。  公立学校の設立年という公な情報に基づいた一般人の分析に過ぎない意見にもかかわらず、警察は過敏に反応し、その28歳の男性Kは”嘘の情報を拡散した罪”(情報電子取引法)といういわくつきの法律によって逮捕されている。 その他にも、2017年に出版されたJokowi Undercoverという暴露本がある。その...

インドネシア無料給食プログラム 大量廃棄・集団食中毒連発の現実  

石破首相が支援を約束したことで、日本国民から大変な反感を買っているインドネシアの無料学校給食プログラム。日本では表面的なことしか報道されていないと思うので、現地ではこのプログラムについてどのように報道されているのかについて書く。 無料学校給食プログラムは、現地では (MBG・無料栄養食プログラム)と呼ばれ、無料なだけでなく、貧困地域の学童や妊婦に栄養価の高い食事を提供して、子どもの健康増進や発育阻害の改善を図る、貧富の格差をなくす、という建前だが、これは実施開始半年も経たずしてすでに崩壊している。 ことの発端は、昨年2月に行われた大統領選挙の選挙運動で、プラボゥオ・スビアント候補がこのプログラムを看板政策として掲げたこと。経済成長、雇用創出、地域経済活性化、貧困撲滅、健康医療、さまざまな政策について質問される度に、P大統領はこの政策一本でどの問題も解決できると強調してきた。 インドネシアは、千もの島々から構成される島国、ターゲットとする貧困層というのは、物流が困難な地域であるし、一カ所で大量に調理して配膳するシステムは難しい。できるとすれば、既にある学食や学校近辺の食堂に支援金を渡すことだが、学校の必要経費ですら満足に管理できていない現状を考えると、実現不可能なのでは?と言われていた。 当初の計算は一人当たり15000ルピアで全国民が対象、見積りは5年間で総額450兆ルピア(約28億ドル〈約4兆円〉)という、当時ヌサンタラ都市移転のために必要だと言われていた金額にも匹敵する莫大な金額。貧困者に食事を提供しても食べたら終わり、それよりも雇用創出できる政策に予算を使うことが緊急なはず、国内の経済専門家らは前代未聞の超愚策、自滅策だと評価した。 選挙運動期間中、対立候補側は、この政策の愚かさを指摘し、貧困家庭の奨学制度、教員に十分な給与を支給して質の向上を図るとか、職業訓練など、直接的に雇用を創出できるプログラムを強調するだけで勝てるほど、国民の支持を得ていた(得て当たり前のようにみえた)。 しかし、その選挙結果は予測と全く正反対の無残な結果に終わる。一番人気と言われていた候補者は、史上最低の得票数で敗退した。結果として(どんなに疑わしい方法で勝利を決めたにしても)P大統領が当選したからには、もう問答無用で自動的に実施されるという状況にある。 ”当選という形でこのプログラ...

JFケネディ大統領暗殺事件とスカルノ大統領 とCIA 

”これこそ探し求めていたエルドラードだ!掘り下げなくても道端に金が転がっている。埋蔵量は南アフリカの少なくとも2倍だ!オランダ領西ニューギニア、赤道付近にありながら山頂には氷河をたたえたプンチャックジャヤ山の近くの山脈一つに、オランダの調査団が金脈を発見したのは、第二次世界大戦開戦直前のことだった。 この調査団の報告はオランダ政府によって内密に保持された。タイミングの問題もそうだが、例え掘り下げる必要がないにしても、その場所は四方をジャングルに囲まれた3~4千メートル級の山の上にあり、鉱物を運び出すための道路の敷設など長期的な投資が必要だったからだった。 日本軍が敗退した後の西ニューギニアは、再びオランダによって支配された。地理的に隔絶されていることや、住民の多くがジャングルの中で生活していることもあり、ジャワ島、スマトラ島、スラウェシ島のような団結や激しい抵抗、独立運動は起こらなかった。 ちなみに日本敗戦後に、ジャワ島を中心に起こったインドネシア対オランダの戦争とは、(日本軍から訓練を受けた兵士や日本軍残留兵の協力が一部あったとはいえ)碌な装備も訓練も受けていないサンダル履きに竹槍を握った一般市民が主な戦力、対するは戦艦・戦車や爆撃機をもつ完全装備の正規軍隊の連合軍の命令に従わない形ではじまり、 衝突の度に、敵が百人なら千人、千人なら万人といった犠牲者を出し、都市をまるごと焼き払う作戦にさえ市民がすすんで協力するという団結と熱意、そして後半は日本残留兵も活躍したというゲリラ戦で持ちこたえ、4年たってようやく国際的世論の高まりとアメリカの調停が入ったことによって奇跡的に和平合意に至ったというものだった。 勿論、日本の敗戦後、旧宗主国と戦争になった国はインドネシアだけではない。ベトナムの独立戦争(インドシナ戦争)の場合は8年も続き、しかも調停によって和平どころか南北に分断され、さらにこれが火種となってベトナム戦争が20年も続いた。 それに比べれば、インドネシアが独立できたことは本当に奇跡的ともいえるだろう。冷戦体制の真っ只中で大国の介入が入れば代理戦争の戦場として長期化する恐れが十分にあった。そのときアメリカが調停に入ったのは、混乱した状態が続くことで、共産党勢力が拡大することを恐れたためだといわれている。 しかし、1949年オランダのハーグで行われた平和合意ですべて...

あるあるでは済まない途上国警察 一線を越える

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貸し出した車に取り付けてあったGPSからの信号が途絶えたのに気付いたのは、オーナーの長男だった。3個装着したうち2個の信号が一度に消えたということは、故意に取り外されたに間違いない。残った1つのGPSの信号を頼りに、自動車レンタル店のオーナーと二人の息子、従業員数人が2台の車に乗って追跡に出かけたのは年が明けたばかりの夜10時過ぎだった。 問題の車が走行しているのを見つけたのは隣県の路上だった。”この車はだれのものですか”とオーナーが話かけると、乗っていた二人のうち一人がピストルを取り出し”どけ、俺たちは海軍だ。どかないと撃つぞ” と脅してきた。 ”穏やかに話しましょうよ” レンタル店のオーナーは、この商売を始めてから十数年。もう何度も乗り逃げされそうになった車を追跡しては取り戻す経験を持つ。決して高飛車に怒鳴りつけたりしたわけではない。 穏やかでない雰囲気に、やじ馬が集まりはじめたそのとき、後方から黒い車が近づいてきて従業員らの乗る車に追突。そのどさくさに紛れて、問題の車も走り去っていった。そして深夜のカーチェイスが始まった。 相手は拳銃を持っている。途中、オーナーと息子たちはグーグルマップで最寄りの駐在所を探して立ち寄り、事情を説明し、相手は銃を持っているので同行してくれるようお願いすると、夜勤中の警官は、手続き上の理由で同行を拒否。署長に電話で尋ね、だめだと言われてもいたようだった。 そこでオーナーは、警官にものを頼むときの常識”お疲れ料”を差し出したが、それでも警官は断り、自分たちで探すよう促した ”ここへ連れてきたなら手助けできる。拳銃だって本物とは限らない”とまで言い放った。 残ったGPSが外されてしまえば車を取り戻すことが出来なくなる。警官の助けがなくても、オーナーと従業員らは追跡を続けた。例の車が高速道路のレストエリアに入ったことをGPSが示したのは明け方4時近く。従業員らは徒歩で、レストエリア内に駐車しているはずの問題の車を探し、コンビニエンスストアの前でそれを見つけた。 運転手は、仮眠をとっているらしい。従業員らは男を取り囲み、拳銃を差し出すよう詰め寄っていた。その時、背後から突然の銃声。少し離れたところに例の、あの黒い車が駐車していた。銃弾の音は4発5発。その一つが、オーナーの次男の耳たぶをかすめ、全員が散り散りになって逃げたので撮影していた画...

2024年世界腐敗支配者ランキングにジョコウィドド元大統領ランクイン

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国際的な調査報道ネットワークOCCEP(組織犯罪と腐敗報道プロジェクトが発表した、2024年の世界腐敗人物ランキング第二位にインドネシアの7代目大統領、ジョコ・ウィドド元大統領がランクインした。 1.ケニアのウィリアム・ルト大統領 2.インドネシアのジョコ・ウィドド元大統領 3.ナイジェリアのボラ・アハメド・ティヌブ大統領 4.バングラデシュの元首相シェイク・ハシナ 5.インドの実業家ガウタム・アダニ 同組織は、2016年に世界を震撼させたパナマ文書、世界中の政治家や富裕層が、タックスヘイブン(租税回避地)を利用して巨額の資産を隠していた実態を暴き出しの調査報道において重要な役割を果たした世界中のジャーナリストの組織。 世界的に腐敗で名を知られた二代目大統領のスハルト元大統領以来、インドネシアでは二人目の、汚職で世界的に名を知られる元大統領となった。過去には、ベラルーシのルカシェンコ大統領、ブラジルのボルサナロ大統領、などもランキングされた調査とのことだが、果たしてどうなるか。 この調査では、汚職金額だけでなく、組織的犯罪、不正選挙、人権侵害、自然破壊、への関与度も評価の対象になる。2025年から消費税が12%になる。生活必需品は増税しないと政府は説明しているが、一体どうなることやら。 明るいニュースに乏しい中、ジョコウィドド氏のランクインは、国民にはささやかな朗報として受け止められている。 ランクインの 感想を報道陣に尋ねられても、いつも通り笑顔ですっとぼけるジョコウィドド元大統領

国立大学図書館内で製造された偽札 ATMでも検知できず

大型高性能の大量印刷機は、深夜、フォークリフトで運び込まれた。壁には防音材を施し、外からはかすかに聞こえる程度。図書館長が自ら”本を印刷している”と説明すれば、それ以上尋ねる者はいなかった。 インドネシア第七番目の都市マッカサールにある宗教省管轄下の国立大学。近くの町で偽札を所持し逮捕された男の証言から、警察が、同大学の図書館を捜査したところ、使用されていない元トイレ2X4メートルのスペースいっぱいに置かれた高性能大量印刷機が発見された。 印刷機の他に押収されたものは、印刷に使用したとみられるインクの缶やアルミニウム粉末、デジタル計量器、紙幣を切断する機器、未切断のルピア紙幣446百万ルピア相当、韓国ウォン5,000札、ベトナムDong500 札などの海外紙幣、インドネシア銀行の定期預金証明書のコピー 45兆ルピア相当 1枚インドネシア国債 700兆ルピア相当など。 報道によれば、総額1000兆ルピア相当。これはインドネシア国家予算の三分の一にも相当する。これは、印刷済みの偽札の金額もさることながら、巨額の、預金証明や国債が印刷されているというのは、国としてヤバい。 これまでに図書館長を含む17名が逮捕されているが、偽札を市場の紙幣と交換して報酬を得ていた主婦や、図書館長に雇われて製造の手伝いをしていた一般人以外に、国営銀行の職員2名や、国家公務員4名、が含まれている。 また、この逮捕の11日後に、大学職員の一人が突然死している。関係者として自分の名前が出たことがショックで心臓発作を起こしたと報道されているが、イニシアルや年齢すらも公表されていない謎の人物だ。 現在報道されている情報は、首謀者とされる図書館長の警察に対する証言によるものがほとんど。彼は、大学の正職員であり、図書館学の講師、博士号も持ち、大学外でも活躍するアカデミックな表の顔、その裏で2010年以上も前から偽札印刷に関わっていたという。 以前は、出資者とみられる実業家の自宅で小規模な印刷機を使用して偽札を製造していたが、より大量に印刷する必要性があり、高性能オフセット印刷機GM-247IIMP-25を、6億ルピア(600万円ほど)で中国からスラバヤ港を経由して直輸入、大学の図書館に運び込んだのは2024年9月。 出資者とみられる実業家宅についても、警察は既に捜査済み、紙幣を印刷するための紙を購入した履...

インドネシア地方首長選挙の真相 ジャカルタでは勝てなかった元大統領の支持する候補者

11月27日に行われたインドネシア全国統一地方首長選挙について、日本語メディアでは ”大統領と元大統領の支持する候補者が勝利”という点に焦点をあてた形で報道されているが、これは、2024年の大統領選挙戦からの流れを抜きにしては理解することができない。 まず、スハルト独裁政権崩壊後、民主化時代の歴代大統領が、自らの後継者を決める大統領選挙や、地方首長選挙に介入し、自身の側近や身内をゴリ押しするというようなことはこれまでになかった。 後の政権の負担にならないよう、重要な決定や人事も、退任間近になれば控えるのが最高権力者としての威厳というもの。少なくとも6代目ユドヨノ大統領は中立の立場を通した。しかし、7代目大統領のジョコ氏は違う。 自身の後継者を決める大統領選挙の選挙運動機関、2023年の後半ごろから始まったジョコ氏の権力の乱用とは、国家予算の私物化、地方首長や警察を動員、ばら撒き・恐喝、データの操作・・・ そのような暴走を許さないという理想に基づいて設置されているのが憲法裁判所だが、現職大統領の違法行為に対しては無力であるということが明らかになった。不正選挙は判決によって証明されず、現役大統領の推薦するプラボゥオ氏とジョコ氏の長男が政権を握ることになった。 2024年大統領選挙の結果と茶番だった憲法裁判 残りの大統領任期中を通し、ジョコ氏は選挙関係のある政府機関の報酬アップや表彰、人事の入替えを次々と行った。さらに、自然破壊・国土縮小につながる砂の輸出許可や、実業家の利益にしかならない大規模土地開発を国家プロジェクトに認定すると、国家機関による強制的な土地の取り上げと、地元民との間の紛争が、これまでもあったが更に激しくなった。 その目的は、選挙に協力した側に約束された報酬、又は恩を売る行為であることは明らかで、この報道と同時進行で、ヌサンタラ首都移転計画の杜撰さ、違法鉱山開発の実態、経済効果のない対外債務を無責任に膨らませたこと、大臣や税関職員の汚職の実態も次々と暴露された。 国民はもう以前のように”ジョコウィ大統領”と呼ばなくなった。ジョコ氏が幼い頃、病弱であったために改名したというエピソードを引用し、改名する前の#Mulyonoという名前で呼び捨てにするのがネット民の隠語になっている。 ジョコ氏は、10月で大統領の任期を終えた後、その後もプラボウォ氏を通して権力を...

東南アジア発 オンラインカジノの猛威

ほんの数分間で、100円が5万円に。この快感を一度覚えると、お金を手にする度に、同じことを考えてしまうようになる。それまでの掛け金なしのオンラインゲームでは物足りなくなり、給料が入れば全額を課金してしまう。 最近は、身分証明書をアップロードするだけで借りられるオンライン金融というのが普及していて、オンライン賭博のアプリが入った同じスマホを使って、容易く一線を越えてしまうことが出来るようになっている。引き出せるだけ引き出す一方で、友人知人への借金、身の回りの品々を売り払う。 ”深夜、1~2時頃、金貸してくれとラインしてくる友人がいたら、そいつは間違いなく、オンライン賭博にはまっていると思っていい” 友達、信頼を失うだけでなく、全財産をつぎこみ、経済困難と借金取りがやってくる。ついに一家離散、ここまでになっても依存症から中々抜け出すことができない。 多幸感や快感をもたらす神経伝達物質ドーパミンが急増を繰り返すと、意思決定と自制心をつかさどる前頭前皮質領域に、物理的な損傷が生じるため、依存症から抜け出すことは物理的に困難になる。また身の程に相応した金額上限というストッパーも外れてしまうことも特徴の一つ。 取返しのつかない状況に落ち入れば落ち入るほど、そしてそれを自覚すればするほど ”勝ちさえすれば、全てを一度に清算できる”といった思い込みに傾倒し、つぎ込む金額も増していく。 依存症の治療のために精神科を受診する患者のほとんどが、”絶対に勝てる方法は分かっている”と思い込んでいるが、実は、オペレーターの設定するアルゴリズム一つで決まるのだ。 オンライン賭博運営者にとって、利用者の精神状態をモニタリングすることは、オンラインカジノ運営の重要なノウハウの一つである。 利用者がスマホを変えた(お金がないから売った)又はオンライン金融から借金した金額情報を、オペレーターは全てリアルタイムで把握しており、最初は適当に勝たせるが、借金してまでつぎ込んでくるようになったら、勝ちを与える必要はなし”という運用になっている。 人間の欲望と心理を徹底的に研究しつくしたオンラインカジノ運営のノウハウは、特別な専門知識がなくても誰でも資金さえ出せば参入できるよう、既にフランチャイズ化されており、その世界的な拠点は、中国南部、又はカンボジアにあるという。 そして最も騙されやすいのがインドネシア人。東...

法案通過を断念させたエマージェンシーアラームシステムとは

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 インスタグラムやフェイスブック、TiktokやXなどのあらゆるプラットフォーム一斉に並んだ同じ画像。インドネシアの国章ガルーダの絵柄に”デモクラシー非常事態”という文字のこの青い画像は、#Kawal keputusan MK(憲法裁判所判決を護れ)#TolakPilkadaAkal2an(小細工された地方選挙はお断り)#TolakPolitikDinasti(縁故政治お断り)というハッシュタグとともに一晩で100万回も拡散された。 Konsep Emergency Alert System (EAS) di Indonesiaというチャンネルに投稿された1991年が設定のミステリアスなショートムービーの一部から切り取られたというアナログな警報音が心をざわつかせる。 その翌朝、ジャカルタ、スラバヤ、ジョグジャカルタ、バンドン、スマラン、などの各大都市で一斉展開された大規模なデモ。学生団体や労働者党主導の大統領辞任を求めるデモは何度もあるが、この日のデモは規模も注目度もいつもと違った。 デモの背景 11月に行われる全国統一地方知事選挙の候補者登録がはじまる一週間前という絶妙なタイミングで下された、憲法裁判所の重要な判決二つ。 その一つは、先に最高裁判所が出した、地方知事立候補登録条件の年齢制限の条文” 登録の時点で 30歳以上”という箇所を” 就任の時点 ”に変更する命令を認めないという判決。そもそも最高裁判所には、選挙に関する法律に干渉する権限はなく、最終決定権は憲法裁判所にあるのに、何故そんな無茶な命令が出ていたのか? 長男の次は次男 それは、現在29歳で誕生日が12月の大統領の次男を地方知事選挙に出馬させるための法律の変更。大統領は昨年、長男を副大統領候補に立候補させるために、憲法裁判長にやらせた法律の変更をもう一度やろうとしている。 ところが大統領の妹の婿でもあるその裁判長は、その後、倫理委員会からペナルティを与えられ、選挙にかかわる裁判に関わることが禁じられているので、最高裁判所にやらせたわけだ。越権行為だろうと何だろうと、判決さえあれば選挙運営委員会が、大統領の次男の立候補届を受理する理由になるという目算は本当にあくどい。 ところが、この件についての国民の関心は非常に高く、個人的な野望のために平気で何度も法律を変える大統領と、その下僕と化...

実はがっつり中国化だったインドネシアの川上化政策

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 北京で習近平国家主席とがっちり握手、次期大統領として迎え入れられたプラボウォ国防相。国防分野で協力し、両国の協力関係を更に強化すると言っているが、国民の側にしてみればこれは全然話が違う。”私は愛国者、国を守る”と選挙の時しきりに強調していたのと全く正反対の言動だ。侵略する意図を持つ国の軍隊と協力するというのは一体どういうことなのか訳が分からない。 少なくとも国民の多くは、これまでインドネシアが中国と友好な関係にあったと思っていない。労働者を大量に送り込み、国内の雇用機会を奪う迷惑な存在だ。雇用拡大経済効果を謳った国家プロジェクトなのに、現地人を差し置いて彼らが大量にやってきて、高い給料をもらって威張っている。コミュニケーションをとろうともしないし、マナーもよくない。カモにされてるのは日本だけじゃない。 パンデミック中、バンドン高速鉄道やニッケル精錬所で働くため外国人が大量に入国していたことは、何度も大きな騒ぎになった。その度に”あれは高度な技術者、国内にはない技術の専門家だ”と説明するルフット投資海洋調整大臣といえば、中国政府の回し者として有名。パンデミック対応予防注射の指揮をとったのも、不要不急のEV車に補助金をねじ込んだのもこの人物。(勿論、大臣自身の個人的なビジネスが関係している)”政府の悪口を言う奴は国から出ていけ”という発言が物議をかもしたこともある、強面のタカ派。 庶民の味方であるジョコウィ大統領が、その正反対のルフット調整大臣をそんなにも信頼し、重要な案件を一任するのかということについて表立った批判はなかった。イメージというのは恐ろしいもので、汚職撲滅委員会の権限を弱体化させる法律も、外国企業に有利な内容が盛り込まれた雇用創出法も、一部学生や労働組合が声をあげていたが、調査によれば、ジョコウィ大統領の支持率にはあまり影響がなかった。 (日本にもかつてこういうタイプの首相がいた、そういえば、目つきや顔つき、息子の愚かさまで、似ている。小泉劇場ならぬ、ジョコウィ劇場だ) ところで、次期大統領は一体いつ確定するかについて、先に話題になっていた国会における不正選挙追及は未だ実現しておらず、憲法裁判所での訴訟の方が先に始まっている。他の大統領候補者二名はそれぞれ憲法裁判所に訴訟を起こし、アニス候補陣営は、出馬登録の時点から違反のあったジョコウィ大統領の...

公開討論会はポリティックエンターテイメント 

 ”以前、私は高級な車をみると無償に腹立たしく思っていた。だから活動家になった。しかし現在、自分もそれを与えられてみると悪くない。高級レストランでの食事、これも悪くない…”学生たち相手にまるで汚職を奨励するかのようなスピーチをして話題になったことのある、投資調整大臣のバフリ氏。 副大統領候補討論会の主賓席で、プラボウォ氏が左後方に腕を差し出すと、低姿勢で一直線に近づいてくる男性、主賓は左側に身体を傾け、その人物の上着の襟をつかんで自分の方に引き寄せる。そんなマフィア映画のような乱暴な扱いを受けたにもかかわらずへらへらと笑顔でうなずいていた男性が、バフリ投資調整(インドネシアで起業する際に必ず許可を申請しなければならない省)大臣だったというのには驚く。撮影されていることに気づかずいつものくせでやってしまったのか。生中継というものはこういうところが面白い。(大臣は後に、兄と弟のような関係だから別に何も気にしていないと弁明した) 資金力と政権側のコネで圧倒的に有利なプラボウォ候補。大統領候補者として過去3回も出馬するほどの政治家でありながら、ディスカッションが苦手だ。愛国心と国民への忠誠心などといった理想論を語るときだけ勢いがいいが、具体的な質問をされると視線は泳ぎ、言葉もしどろもどろ。不都合な質問をされるとすぐに激情してしまう。 アニス候補は学術界出身。こういう討論の場こそが本領発揮の機会だ。2017年ジャカルタ州知事選挙の時は協力関係にあった二人だが、今回の大統領選では敵対関係にある。相手の弱点を容赦なく突き、混乱させた後、整った語調で正論を述べて、自らの見せ場に持っていく戦術は冷酷で合理的。つまり、観ている側にとっては、闘牛と闘牛士の対決のアトラクションを見物するような面白さがある。 一回目の討論会で、アニス氏は、倫理委員会から重度の違反という判定が出ているにもかかわらず、ギブラン氏を副大統領候補にしたことについて、二回目(間に副大統領候補者同士の討論会が挟まれるので実質三回目)の討論会では、プラボウォ氏が党首を務める政党の幹部らが取締役として名を連ねる会社を介した武器購入のマークアップ疑惑について、また、国民のためと口では言いながら、プラボウォ氏自身が43万ヘクタール(後に50万ヘクタールと修正)の農地を占有している矛盾について、ストレートに指摘した。 ”...

村長を制するものが選挙を制する 命がけの村長選挙

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 人口ボーナス期にあるインドネシアでは、村落といってものどかなばかりではないようだ。石の投げ合いや殴り合い、刃物や銃器が持ち込まれたり、村役場が破壊されたり、畑の真ん中で倒れていた血まみれの男性が発見されるといった事件も。原因は村長選挙だ。 登録が拒否された恨みや、支持者同士のいがみ合い、集計の不正や妨害、負けた怒りから、道路に壁を築き封鎖してしまう現村長がいたり、指定した候補者に投票しなかったことを理由に、貧しい人の住居を撤去してしまう地主。 #Pemilihan kepala desa riuch ”最近は誰でも彼でも村長になりたがる。村交付金のルールを見直した方がいい”と、スリムルヤニ財務大臣は言う。村落交付金というのは、村落の開発の遅れと高い貧困率を改善するため、中央政府から10~30憶ルピア(一千万円相当)の現金が分配されるという制度。ユドヨノ政権で成立し、ジョコウィ政権から本格的に始まり十年が経つ。 以前、村落は県や郡の下にあって優先順位が低かった。村落に中央政府から直接の資金を配分することで、橋の修繕や生活道の舗装などのインフラを整え、地域性を生かした生産的な活動を村単位で主導することで雇用を創出することを狙いとしている。果樹園や養殖所を開いたり、零細起業家への無利子貸し付けなど、村落交付金を活用して豊かになった村落が紹介される一方で、交付金に依存するだけの経済構造が出来上がってしまった村落も多いという。 ”村長さんが新しい車を買った、新しい家を建てた、奥さんが増えた” 村という狭い環境では、すぐに噂が広まってしまう。交付金が何に使用されたかその結果どうだったか、範囲が狭いだけに検証がより可能になるということはある。ところが現状は、通報窓口となっている郡や県政府の担当者が、信頼できない、通報したことが村長本人に知られてしまうという(警察の通報窓口と同じ)恐れから、政府が推奨する住民による監視システムは機能していない。 村長に対する不満が如何に積もり積もっているかということは、”村長の任期6年から9年への延長と村落交付金の増額”を要求して、村長連合が行った千人規模のデモに関する記事のコメント欄に、真剣なコメントが沢山寄せられていることからわかる。村職員服で、鉄柵によじ登ったり、タイヤを燃やしたり、ペットボトルを投げ込んだり、参加していた村長・村職...

2024年大統領選挙序章 大統領の息子が副大統領候補になった経緯

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 それまで通える距離に公立高校が存在しなかったために進学をあきらめるしかなかった山合いの集落に、ガラス張りのロビーにレンガ張りの外壁という公立高校にしては珍しいおしゃれな雰囲気の公舎が出来上がった。”同じ予算を使っても汚職がなければ、私立学校にも負けないくらい立派な校舎を建てることが出来るということを証明したい”という知事の意気込みによるものだった。 完成まじかの現場を訪れ、すでに仕上げの塗装がなされているガラスの下側の壁を一見、迷いもなく蹴りつけると簡単に穴が開いてしまう。他にも屋上のコンクリートのひび割れや手すりのサビ、タイルの隙間やコーティング剤が塗られていないことを確認すると、ポケットから携帯を取り出し”最初に約束したのと違う。やり直して。それとも裁判に持ち込もうか”と、その場で決着をつける。 これは、大統領候補の一人ガンジャル氏の中部ジャワ州の知事時代の仕事風景。地方のリーダーとして実績が評価された人物というときは、知事といえども現場に行ってこれをやってくれる人のことをいう。(先進国ではそんなことはあり得ないかもしれないけれど)隙あらば材料の質を下げたり手抜き工事をしようとする業者ばかりなので、いくら尊いコンセプトを綴ってはじめたプロジェクトでも、作業を担当職員に全て任せていたのでは、赤恥をかくことになる。 選挙戦に先立って任期を満了したガンジャル氏、現在は大統領候補者として毎日のように全国各地を巡っている。庶民性をアピールするために市場や下町を訪問するキャンペーンは、他の候補者もやっているが、普通は撮影が終われば切り上げるのに対して、ガンジャル氏の場合は地元の庶民の家に寝泊まりし、夜は村の小さな集会所の薄暗い蛍光灯の下で、昼は広場に広げたむしろの上で車座になって、地元の人たちと一緒にお弁当をたべる。 ジャワ弁特有の優しくゆったりと和やかな口調で語りかけ、打ち解けたところで、質問を募り、打ち明け話を糸口にして政策の紹介へとつなげるスムーズな進行は、プロの司会者も顔負けする。票をとるという目的なら効率があまりよくなさそうだが、これまで地元でやってきたことを、本気で全国に広げてやっていこうという誠実さをアピールする効果は抜群だ。 通常でも、家の近所で奥さんと一緒にジョギングしている姿を見物に来る人で人だかりができるくらい人気がある。闘争民主党の一党員か...

G30 から1998年スハルト政権退陣後まで 

 マイクで票を読み上げる人の声は、周囲から水を飲んだ方がいい、と言われるほど緊張していた。箱の中の紙を一枚ずつ開いて手渡す専門の係の人と、正の字をマーカーで書き入れる人。1999年、Windowsの2000年問題がまさに迫っていた頃だったので、この国ではあまり影響はなさそうだなどと思いながら観ていたのを覚えている。 ベトナム戦争や文化革命、日本でも学生運動運動が盛んになった1960年代後半、インドネシアでも左派系軍人のクーデター未遂事件(G30事件)があった。陸軍最高指導部の将校数人が深夜自宅で襲撃を受け、井戸の中に放り込まれたというショックな事件だった。事件そのものは不可解なところが多いので詳細は省くが、いなくなった上司の代わりに緊急事態の指揮をとって手際よく事件を鎮圧したのがスハルト。 事態収拾の権限を利用し、共産党を非合法化して解散させ、G30 事件に関わったとみなされる大臣15人と国会議員を拘束、入れ替えを行い、国会が大統領任命する法律(スカルノ大統領が長期政権を維持するために停止されていた)を復活させ、その承認をもって第二代目大統領の座に就くと、その後、32年間その座を誰にも譲らなかった。 テレビや新聞は、左派軍人が、如何に卑怯で残忍に、将校らを殺害したかの解説、射殺された将校の功績をたたえるニュースを繰り返していた。独立戦争の英雄だった将軍が射殺されたというショック、やっぱりあいつらヤバかったんだという恐怖心と扇動によるものなのか。民衆の間では、共産党狩り(共産党員又は共産党と関わりがあったと噂があるだけでリンチ・殺害される)が始まる。 スハルト政府は当然、これを放置し、”裁き”執行する村人は、何処から手に入れたのか共産党員とその関係者のリストも握っていた。犠牲者は50万人以上、又は百万人単位といわれ、それが将校殺害事件の後たった1年間の数字だというのが信じがたい。それも民間人同士が自発的に…遺体は道端や川、水路に投げ捨てられ、遺体の血で川の水が真っ赤に染まったという。#Pembunuhan Massal はじまりからして血と策略まみれのスハルト政権だったが、暗黒の時代はまだまだ続く。70年代中頃、田中首相がインドネシアを訪問したタイミングで、大規模な学生デモが起った。”今、外資が投下されれば大統領一族の私服が肥えるだけ。抑圧が強くなるからやめて...

パレスチナ問題についてイスラム教圏ではこう伝えられている

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 中東情勢パレスチナ問題が緊迫する度に出てくるのが、旧約聖書や古代歴史の解説。結構頑張って読んだのに、結局のところやっぱり宗教の問題だから難しい、という結論でなんだかもやもやしたことはないだろうか。 イスラム教圏側からだったら、どう伝えられているか?以外にもそれは、聖典の引用などではなく、とてもシンプルでわかりやすいものだった。中東問題を語るときの基本、それはオスマン帝国が支配していた何百年間もの間、”ユダヤ教徒とアラブ人は、争うことなく共存していた”ということだ。 ”トルコは何不自由のないところだ。ここでは自分のぶどうの木を持つことができる。明るい色の服を着ていても殴られたりしない。キリスト教徒の下で暮らすよりずっといい。” これは、宗教戦争のヨーロッパから聖地エルサレムに移住してきたユダヤ教のラビが、ドイツの同胞に宛てた手紙(Letter of Rabbi Isaac Zarfati)。 このラビの手紙に励まされて、その後何世紀にも渡って、ユダヤ人やキリスト教徒が、聖地エルサレムの近辺に移り住んできたが、イスラム教徒から阻まれるようなこともなく、アラブ人とユダヤ人、キリスト教徒は共存していた。”他宗教を迫害しない寛容性”こそが本来のイスラムの教えだと説明される。 ”しかし、シオニストは共存を拒否した”ということの意味はどういうことだろう。何万人もの移民が一度に押し寄せれば様々な問題が発生することは、現代の私たちにも身近な話題だが、やはり同じような問題が発生していたのだろうか?カタールのテレビ局アルジーラが製作したドキュメンタリーがそれを解説している。 シオニズム運動を支持するイギリスの軍隊がパレスチナを支配すると、元々パレスチナに住んでいた人々は厳しく取締られた。反対活動を行えば、投獄、追放、殺害、パレスチナ地域の指導者であったイスラエル市長なども、国外に追放されてしまった。結果、パレスチナは指導者を失った。 どんどん送り込まれる移民、イギリスは制限をかけたが守られなかった。移民してきた若者には特別訓練が施され、シオニストの軍隊ができた。これがまたアグレッシブな部隊で、イギリス軍と度々衝突したり、また、パレスチナ人の村々をスパイし調査したうえで、爆弾を仕掛け村民を殺害したり追い出したり、建国前から領域を拡大する作戦を展開していた。イスラエル建国が宣言され...

トップシークレットだった日本軍の敗戦 独立宣言前夜とスカルノ大統領夫人

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 20歳の年の差、先生と生徒の関係から結婚へ。後に若干22歳でファーストレディとなるファトマワティ夫人との出会いは、流刑先のスマトラ島西海岸のベンクル。将来の国の指導者になる人物から直々に教育を受けさせたいと、教育や学校設立を通してイスラム近代化を図る団体の活動家であった両親によって、寄宿生として預けられたのは15歳の時だった。 流刑中ずっと連れ添ってきたインギット夫人は、13歳年上で、学生時代の寄宿先のおかみさんだった人。前夫との間の子を連れていたが、夫スカルノとの間に子供はなく、寄宿生として預かることになったファトマワティを実の娘のように可愛がっていた。まさか、その親子ほども歳の離れた娘に愛を告白したのはスカルノ氏の方だったとは… ”多妻婚は受け入れられない”と、インギット夫人は自ら去っていく。(およそ15年後にファトマワティ夫人も同じ理由で夫スカルノから離れることになるのだが…) 折しも、スカルノ氏は、日本軍によって流刑から解放され、日本軍の協力者としてジャカルタでに行く。 彼女が20歳になるのを待ち、正式な妻としてジャカルタに呼び寄せ新婚生活をおくったのが東ペガンサアン通56番地(#rumah pegangsaan Timur No.56)の家。ここで第一子を妊娠中の夫人が、独立を迎える日に掲げる国旗をミシンで縫って準備していたという話は大変有名だ。それは、単に献身的な妻の鏡としての行動というよりも、民族主義、近代的な思想を持つ若者の一人として、彼女自身が祖国の独立に貢献したいという気持ちを持っていたということの表れであったというほうが適切だ。 ”青年の誓い”に参加した世代の青年たちは、スカルノ氏らが逮捕され流刑地に送られてしまった後、各自、地元で学校の設立にかかわったり教師として働くことで、独立運動を担う若い世代を育成する草の根的な活動を続けていた。自由、平等、民主主義、ヨーロッパ最先端の思想。 ファトマワティ夫人と同じ頃に学生だった世代は、その影響を大いに受けた世代だが、日の丸崇拝や日本語の使用が強要されたり、飢えと向き合い、兵補や労務者として無駄死させられることになるかわからない日々を過ごすにつけ、祖国の独立を達成させたい想いはますます強くなっていたことだろう。 インドネシア人だけの郷土防衛義勇軍に志願したのもこのような若者たちだった。日本軍か...