インドネシア政府が推進する昼食無料プログラム 一時期は、配られた弁当の写真撮影や正直な感想を SNSで発信することさえタブーとされていたが、 先月、「国家栄養庁」の長官がついに、 汚職容疑で逮捕されたことで、 やっと批判してもいいという機運になってきている。 教育、福祉、地方への予算、あらゆる国家予算が削減され困窮する中で 巨額の予算があてられ優遇されてきた政策。 それをいいことに、用途不明の電動バイク、タブレット端末、靴下、 などを次々と大量購入+予算の水増し。 調理センターの利権をめぐる賄賂、 存在しない架空の調理センターへの不当な支払い。 この長官の経歴は「昆虫の研究者」 栄養や食生活については完全に専門外の人物。 つまり、人選の時点でもう、なにか怪しいものがある。 実際、昆虫食を取りいれるという案も一時期あったけれど 強行するまでの勢いにはならなかった。 「インドネシアの昼食無料プログラムは、 世界的な計画のひとつだったのだ」 と説く人もいる。 しかし、はっきりしていることは 利権者が国家予算を合法的に手に入れる ための案件の一つとして 貧困者救済という名目のプログラムが 国家戦略として推進されていたということだ。 そもそも、わざわざ新しい調理センターなど 建てなくとも、どこの 学校にもすでに 学食(カンティン)が存在するのだから、 そこに補助金を支給すれば済む話。 選挙戦のときにも「もちろん小規模事業者を応援するものだ」 と力説していたはずだったが、 実施の段階では違っていた。 「協力者が自発的に自己資本で調理センターを建てている」 という体裁から始まり、次第に巨額の予算が 振り分けられていった。 一日あたり1兆ルピア(およそ100億円)が 消えていく。 ある専門家はそれは最先端の戦闘機を 一日一機買えるほどの莫大な浪費だと痛烈に批判した。 一食あたりの金額は15,000ルピア。 そのうち、調理センターの運営費が3000ルピア 2000ルピア相当が調理センター 業者の利益として懐に入る仕組み。 一人当たりの利益は微々たるものでも、 一カ所の調理センターで何千食分もの給食を 一括引受ければ、膨大な利益が生まれる。 調理センターを運営するのは、 政治家や官僚の親族・利権関係者。 議員、大統領の政党支持者。 一つの財団やグループが数十軒もの 調理セン...
礼拝所のスピーカー音量に関する 苦情は昔からあるけれど 最近、益々エスカレートしていて、 音量の大きさと、社会的不安は 比例しているのではないか? そんな風に思っている。 何年か前までは「もうそんな時間か」 ぐらいの受け止め方ですんでいた。 大音量は、礼拝所の近くに住む人たちの問題で、 同じ宗教だから苦情などないのだろう。 と思っていた。 住宅街の周りには、 まだまだ広い空き地があって、 礼拝所のスピーカーの声は その向こうから聞こえてくるものだ った。 住宅街の中にも礼拝所はあったが、 広場の一角にこぢんまりしたのが あるだけで、 スピーカーというのは、 大きな礼拝のときに、建物の中に 収容できない人たちのために あるものだと思っていた。 ところが、開発が進んで、 空き地がどんどん埋まっていき 人口が増えてくると事情は違ってくる。 住宅街の一画にあったこじんまりした礼拝所も いつの間にか建て替えられて、 アラブ風のタイル張りの巨大な建物が現れる。 そして建物の屋根よりさらに高いところに スピーカーを設置する塔があらわれた途端、 めまいをおぼえた。 礼拝所のスピーカーは、 誰のためのスピーカーなのか? 礼拝所の中に収容できない 人のためのものでなかったことは 間違いないようだ。 もう数年毎日、その音量に悩まされている。 もはや昔のような素朴な拡声器ではなく、 格段に高性能な機器になっている。 ともかく窓を閉めて、 家の中に籠る。 人によるのかもしれないが、 私は耳が痛くなる。 2区画も離れていてこれだ。 たまたま、礼拝所の広場のすぐ裏に住む 人の家で、礼拝の時間にその 音量を体験する機会があったが、 そのお宅と比べれば、 まだ軽度で済んでいると思わなければならない。 引っ越せばいい…と言われても 誰でもそう簡単に出来るものではない。 実際、礼拝所の近くは住宅の評価額も下がるが、 それでも苦情は言えない。 宗教大臣の定めたスピーカーの最大音量は100デシベル。 (長時間さらされると、聴覚にダメージを与えたり 難聴のリスクが高まる可能性があるレベル) さらに、外向きのスピーカーを使うのは 呼びかけだけで、礼拝中は 建物内のスピーカーを使用するよう 規定されている。 残念なことに、法律はあっても 取り締まりがないので、 外向きスピーカーを使うかどうか? どのくらいの音声に...