大渋滞から生まれた奇跡。インドネシア最大アプリGojek創業者に懲役27年求刑の悲劇
世界各国の配車アプリが基本的に「自家用車(4輪)」の シェアリングから普及していったのに対して、 インドネシアの配車アプリの普及は、 2輪バイクタクシーから始まった。 2018年アメリカの配車アプリウーバー社がインドネシアから 撤退した決定的な敗因も、バイクタクシー需要に遅れを とったことだったという。 慢性的な渋滞、日常の移動で車を利用する余裕のない層が 大多数を占めるという現状を重視し、 最初からバイクタクシーをメインにした 配車アプリをスタートアップさせた人物 それが、N氏 スマホなんて触ったこともない中高年のローカル運転手たちに、 スマホを無料で配り、操作方法やGPSの見方、 デジタルウォレットの使い方を一から教える というところから始めた。 N氏はハーバード大学、 マッキンゼー社経営コンサルタント生れも育ちもハイクラス。 そんな彼が、照り付ける太陽の下、汚れた空気 悪臭漂う路上で、たむろし、ただ客を待つ バイクタクシー(オジェック)たちの コミュニティに自ら飛び込み、 彼らの話を聞き信頼を勝ち取ることから スタートアップさせた配車アプリGojek Gojekのおかげで、それまでただ路上で客を待つしか、 収入を得る手段のなかったその日暮らしのオジェックたちの 生活も変わった。 決まった料金で、確実に客を得ることができるようになった。 客を乗せるだけでなく、バイク便としてのこれまでになかった 需要もアプリによって開拓され、家族を養っていく 自信を持てるようになった。 今思えば、あの頃はなんと希望に満ち溢れた時代だったのだろう。 2018年にアメリカの巨人ウーバーを撤退させたことで、 Gojekの価値は跳ね上がり、 翌2019年には評価額100億ドルを超えるインドネシア初の 「デカコーン企業」へと上り詰める。 N氏は、米ブルームバーグ誌の「世界を変える50人」 「シリコンバレーの巨人を打ち破ったアジアの若き天才」 として世界にも紹介され、注目を浴びる存在になった。 そして、再選を果たしたジョコウィ大統領が、 N氏を教育文化大臣として入閣させたのも、 その年だった。 三十歳代、史上最年少の大臣の誕生。 不透明、利権の塊、汚職の温床である教育機関に、 Gojekで奇跡的な合理化(デジタル化)を成功させたN氏が トップとして乗り込んできたのなら 「民間発のテクノロジー...