被災から1カ月 海外支援を拒む政府と 白旗を掲げる被災者たち カオスは続く
被災地で1週間経ちます…何も変わっていません。
子供たち、何も食べていないんです…
女性レポーターの声は震え、泣き崩れてしまった。
この映像は、CNNインドネシアの公式アカウントから配信されたもので、
フェイクや無許可映像ではない。
瞬く間に拡散され、そして、削除(テイクダウン)されたことで更に注目を集める。
丁度それは「外国の支援は必要ない。インドネシアは自力で対処できる能力がある」と、
大統領自ら宣言して歩いていた直後のことだった。
日本列島がすっぽり収まる程の広さ、島の殆どが山と森林に覆われたスマトラ島は、
都市部を除いて洪水の被害とは無縁の島だと思われていた。
ところが、昨年11月末の1週間以上も続いた長雨で、前代未聞の大規模な地滑りが、同時多発。その範囲は3つの州、52の県、日本列島でいえば、青森から兵庫県までにも相当するという。
広大なスマトラ島の北半分にも渡る広範囲で、川上から川下まで、地形が変わってしまうほどの大規模な、地すべりが数日の間に立て続けに発生した。
通常の災害であれば、発生後、3週間も経てば、救助活動から復興支援へとフェーズが移り、
食料供給などは安定し始めるはず。しかし、レポーターが目撃したのは、公式な避難所でさえ、飢えや赤痢で亡くなるお年寄りや子供たち。インスタントラーメンで食べつなぎ、泥水でも沸かして飲まざるをえない状況。
未だに百数十もの箇所で、橋や道路が遮断されたまま。 身を寄せられる避難所すらなく、高台にある個人の家や礼拝所などに身を寄せたままの人たちも多い。
突然また地滑りが発生するかどうか分からない危険な山道を徒歩で往復し、その日食べるものを探さなければならないという毎日。
災害発生後なぜか、頻繁に外遊するようになった大統領が、行く先々で「自国で対処できる」として、海外からの支援は無用だと言って歩く一方で、被災地では、「自国政府でも外国からでも何でもいいから、ともかく助けてくれ」という意味の「白い旗」が掲げられている。
全国の地方政府のまとめ役、T内務大臣は80トンの食料と医薬品をアチェ州に空輸したというが、アチェ州の知事は「全く受け取っていない」と答える。
内務大臣が送ったという物資は、実はその調達の時点からマークアップ疑惑がささやかれていたものでもあり、途中で所在が確認できなくなったのは、意図的な紛失ではないかという疑念が、被災地では広がっている。
北スマトラ州メダンでは、市長が、UAEからの慈善団体からの、30トンの米を含む支援物資の受け取りを拒否。実は、既に被災者に既に配っていたにもかかわらず、回収して返却。
これもT大臣の指示に従ったものだと考えられていて、結局その物資は、宗教系の現政権支持団体に委ねられ、被災者に届けられたのか否かについては不明。
T大臣は、「マレーシアのビジネスマンたちがアチェに医薬品を送りたいと言っているが、10億ルピアにも満たない金額で、インドネシア政府がスマトラの洪水対策に投じている予算と比べれば大した金額ではない」という発言で、マレーシアをも激怒させている。
さらに、被災地を怒り心頭させているのは「被災地の電力は、もう100%復帰した」と、実態と大きく食い違う発表を行った資源エネルギー大臣B。
電力網の遮断された個所は442箇所、それは壊れた電柱を立て直せば済むような話ではなく、地滑りで地形が変わってしまっている道路や電気網を含めた 都市計画をゼロからやり直す必要がある重要な問題。
にも関わらず、送電所が復旧しただけで100%復旧したと発表したのは、メンツのためか、理解する能力がないからなのか。こんな人物が資源エネルギー大臣の座に座っていることから、既に災難は始まっている。
このB大臣は、災害発生後、現地に駆けつけ、米袋を自ら背負って、被災者に届けるパフォーマンスで、大ヒンシュクを買った元山林大臣Zと並んで、無計画な開発許可を乱発し大災害発生の原因をつくったA級戦犯の一人でもある。
被災地の人は食べるものもない、家は泥に埋まったままなのに、家を建てる話だけが進む。これも利権狙い、復興資金で利益を得ようとする狙いが見え見えで、苛立たしい話。
そんな中、希望の光は、現地に自ら足を運んで、物資を届けるインフルエンサーたちの目覚ましい活躍。
政府の支援が届かない断絶され孤立した地域に、ヘリコプターをチャーターして、直接物資を届ける姿。動画のなかで会計報告もするという透明性。
「災害の時に助けてくれない政府なんて要らなくない?」
「ボランティアのほうがよっぽど頼れる」などといわれ始めると、
またしても水を差すのがT大臣。
「海外からの支援物資であっても、課税手続きが必要だ」
さらに社会大臣も「民間で募金を募る場合は、政府への許可申請が必要だ」と言い出す。
この発言も即座に大炎上。状況を察した財務大臣が、「特別措置手続き」をすれば無税だと説明するも、実はそれは助け舟のようでそうでもない。その手続きのためのに必要な、災害対策庁・局の署名というのがまた問題で、
トラックで物資を運んできたボランティアに、被災地に入るための特別許可証として手数料を要求し、更に支援物資の一部を要求するような役人(個人)がいる機関。
そしてもう一つ重要なのが、被災地では「救助を求める住民の声や生々しい映像がSNSで広がるのを防ぐために、あえて通信網の復旧が後回しにされたのではないかという疑いも持ち上がっていること。
実際、災害発生から通信網が途絶えた空白の数日間の間、知事の手元にさえ、情報が集まらない、中央政府に連絡を取ることも出来ない状態が続いた。
2004年の津波の時のように、情報の公開によって世界的な注目が集まることのないよう、被災者が直接情報を発信しないよう、意図的に、通信網の復旧を遅らせられたのではないかという疑惑。これは、被災地の政治家が国会で述べた事実でもある。
メダン市の知事の場合は、政府の指示に従って、支援物資を断ったが、州の8割が被災地となったアチェ州の知事の場合は違う。独自に中国から遺体探知機の専門家から成る救助隊、マレーシアからの医療支援を受け入れている。
この差はやはり、アチェが、1976年から2005年まで、自由アチェ運動(GAM)が、インドネシア軍と戦っていた土地だという歴史と関係している。
そして、アチェ州知事も元GAMの司令官だ。30年にも渡って約1万5,000人以上が犠牲になったという紛争を終わらせるきっかけになったのが、あの未曾有の悲劇である2004年のインド洋大津波。
アチェは 国際社会の仲介により和平合意が結ばれた「特別自治州」としてインドネシア領土に組み入れられた。だから、他の州とは違う特別な立場だ。
火山灰でできた崩れやすい地質、オランダ植民地政府でさえ手をつけなかったスマトラ島の山々を、政治的な理由でパーム農園として転用する許可を、一方的に発行し続けた政府。
2年前の大統領選挙運動で、土地権利の争奪戦が苛烈した後のつけが来ているというのは、
誰の目にも明らかなことで、これは「天災」ではなく「人災」だという認識が強い。
そして、現地人には何の同意もなく、中央政府が押し付けたもの。さらに「津波のときは世界が助けてくれた」のに、「今回は、政府は助けてくれないだけでなく、支援を受ける権利さえ阻んだ」という強烈な怒り。
これは、単なる復興という言葉で片付けられる問題なのか。
それとも、正義・責任・清算が問われる段階に入ったのか。
利権を守ろうとする力が強まれば、
この地に再び、不透明な時代が訪れる可能性も否定できない。
スマトラは、資源と外貨という点で、
インドネシア経済を長年支えてきた中核の島だ。
これほどの大災害が、
社会に何の影響も残さないはずはない。
もし近いうちに、世界中が注目するような大きな出来事が起きたとき、
その背景として、こんな大災害があったことを覚えていてほしい。
11月末に発生したアチェ北スマトラの地滑り災害の状況と、報道が制限される事情、この災害と関係があるかも知れないテラドローンインドネシアの火災についてもあわせてご参照下さい。
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