午前零時過ぎ、ショッピングモールの上階にあるカラオケルームを出たときから激しく言い合いをしていた一組の男女。駐車場に降りるエレベータの中、口だけでは足りなくなったのか、男が女の首を絞めるという暴力沙汰に発展する。逃れようとする彼女の足を蹴って、転倒し、男のシャツを掴んで立ち上がろうとしたその時、男は店から持ち帰った飲み残しのテキーラの瓶底で、彼女の後頭部を二度も打った。
その夜の彼女はショートパンツにノースリーブというファッション。事件後の検死の結果では、頭部や首、腕など体のあちこちに内出血があったという。先に駐車場に着いた彼女は、男の車(車高の高いMPV車)助手席のドアに背中を向けて寄りかかり、その時、友人に”ずっと彼氏に蹴られっぱなしで訳が分からない” というボイスノートを送っている。
彼女は、助手席側のドアにもたれかかって携帯電話を操作していたか、憔悴しすぎて力が抜けていたのか、男が戻ってきたことに気づいていなかった。男は黙って運転席に座ると、何を思ったのかハンドルを右に切った状態でアクセルを踏んだ。車が不意に走り出したことで、彼女の身体は後輪の下に巻き込まれ、5メートルも引きずられたのだった。
ところがこの男は、倒れて動けない彼女を助けるどころか、スマホを取り出して撮影するという奇行にでる。後に出回ったその動画の中で”自分はたまたま通りかかっただけ。赤の他人だ” と警備員の質問に対し答えている(撮影者である)本人の声や、笑い声も含まれている。”彼女と一緒に店に来たところをみた”と追及されるとようやく関係を認め、荷物スペースに彼女の身体を積み込み駐車場を出た。
そのまま市街内にある病院に直行していたのなら、状況は違っていただろう。しかし、またしても何を思ったのか男は同じ市街地の中にある彼女のアパートメントに向かった。アパートメントのロビーでは、気を失いぐったりとした女性をみて驚いたロビーの警備員や通行人が手伝って、車いすに座らせてくれた。すると男は”ちょっと荷物をとって戻ってくる”と言い残して車に乗り、彼女の部屋のある上階の駐車場へと上がって行いく。
”まさかこのまま置き去りにするつもりじゃないだろうか”尋ねても名前も名乗らない男の行動を不審に思った警備員が、他の警備員が監視カメラで追跡、ゲートにも無線で連絡した。案の定、男は、彼女の部屋に置いてあった自分の荷物を取ったあと、ロビーには寄らず、ゲートに向かったが、出口で警備員に止められ、ロビーに戻された。
気を失ったままの彼女を男の車に積み込み、アパートメントの管理人が運転した。男に運転させると病院に向かうとみせてそのまま逃げる可能性があったからだ。ようやく病院に到着。時すでに遅く、息を引き取ってから30~40分が経過していた。その間男は、パニックになった風を装ったり、子供のように大声をあげて泣きじゃくったりしている監視カメラの映像が残っている。
#Anak DPR bunuh pacar
#Ronald Tannur
ボカシがかけられてはいるものの監視カメラの映像や加害者自身の撮影した事件直後の凄惨な映像が拡散されていてとても見るに耐えない。メディアに報道されている事件の経過は、様々なバージョンがあって非常に理解しにくいところが多いのでここでは被害者被害者の弁護人による説明に基づいてまとめた。
この加害者の男は、国会委員会の議長を務める大物政治家の長男、株主名簿や会社の役員として名前が記載されるような立派な社会的地位にある31歳(被害者弁護人によると35歳)交際を始めてまだ数カ月であったという被害者(29歳)は、故郷に残した12歳の息子に仕送りをしていた一般人。公平な裁きは下されるだろうか?
被害者弁護人談によれば、事件の取り扱いは最初から加害者に味方する方向だったという。先に加害者は、死因を”多量の飲酒による病死”として警察に届け、警察もその方向で取り扱おうとしていた。法的支援団体の代表でもある被害者弁護人は、法的に、検死を要求する権限を持つ遺族を、干渉や妨害から守り励まし、自ら遺体保管場所の扉の前で二晩寝泊まりして不正が発生しないよう見張ったという。
そのような検死の結果、被害者の死因は、腹部、胸部の大量出血によるものであること、肋骨が6本折れて完全に離れるほどの損傷を受けたこと、腕にははっきりとタイヤの跡が残っていることから、死因は車両に轢かれたことであって、飲酒が直接の原因でないということが明確に証明された。
しかし尚も警察や検察は、死因は病死の結論に導くための誘導質問を繰り返したり、殺人罪でなく暴行罪へのすり替えで刑を軽減させる調査結果を作成しようとしたという。それでも、暴行罪ではなく、殺人罪で最長の懲役12年を求刑するまでにこぎつけることができたのは、被害者の弁護士団の揺るがない正義感と熱意の賜物だ。
にもかかわらず裁判における判決は”被害者を死に至らせる暴行があったことは証明されず、死因は飲酒”(カラオケルームで飲んだアルコールが検出されたため。加害者の申告どおり)として、まさかの”無罪”。被告はその場で手錠を外され、”真実は神様が証明してくれる”などと報道陣の質問にぬけぬけと答え、自由の身になった。
#Kejanggalan Vonis Bebas Ronald Tannur
”この国では議員の家族は法の適用外だ” ”確かな証拠があるのに、無罪ということは、お金をもらっていると公言したのと同じだ” このまさかの無罪判決は、大きな波紋をよんだ。世間の関心の高さを無視した判決に対する不満の声は止まず、多くの有名人がこのテーマを取り上げ、国会委員会がこの判決を下した裁判官の調査を要請したりもした。
#Komisi III DPR bertemu keluarga Dini
それから3カ月後、朗報があった。この無罪判決を下した3人の裁判官と容疑者の弁護士が、最高裁判所監督委員会によって逮捕されたのだった。続いて逮捕された容疑者の母親と、逮捕された女性弁護士の関係は元ママ友という長い付き合い。事件発生の2日後に二人は、裁判をどうするかについて話を決めていたという。
供述によると、容疑者の母親が払った金額は、裁判官一人に対し、金額は1億ルピア(約一千万円)裁判官三人と手数料などを含めて、3.5憶ルピアだったという。また、裁判官にお金を渡す仲介役としてこの女性弁護士と繋がりのあった最高裁判所の元高官が逮捕された。
#3Hakim PN Surabaya ditangkap
国会議事堂と同じ区域にある超高級住宅街にある、この元高官の4階建ての邸宅に家宅捜索が入り、押収された現金は、ドル、ユーロ、シンガポールドルなどの紙幣で総額1兆ルピア(約100憶円)にも上る。これほど多額の現金が保管されているということは、家宅捜査を実施した側にとっても予想外のことであったという。
#Kejagung sita harta eks petinggi MA
これは地方都市の裁判所で起こった事件だが、その仲介者の所在地はジャカルタ、ということは、この元高官が全国各地の裁判所の窓口になっていた疑いがある。供述によると、この元高官は全国の裁判官のトレーニングと配置を担当する重要な地位を利用し、2012年頃から判決を操作する裏ビジネスをしていた。
自宅にあった巨額の現金はこれまで得た報酬で、おいておくところがないので家に置いてあったのだという。これについて、元法務関係調整大臣がとても気になるコメントをしている。
”以前は、汚職の金があれば、スイス銀行の方からやってきて持って行ってくれたものだが、最近はそのようなサービスがないから置くところに困っているのは確かだ。しかし、1兆ルピアという大金が全てこれまで得たものである筈はなく、これから配るための金だ”
理由はいかんせん、これだけの現金を長い間保管しておくつもりなら地下に金庫室をつくるくらいは何でもないことであっただろうに、何故、こんなにも多額の現金が、エコバックや段ボールに入れられたまま、無造作に書斎らしき部屋の中におかれていたのかは未だ謎である。
一案件の仲介手数料が1億ルピアだとすると、少なくとも100件分にもあたることになるが、これまでいったいどれだけの不正裁判をアレンジした/現在進行中だったことだろう。そして、報酬を受け取った/受け取ることになっていた裁判官がどれだけいることだろう。丁度、10月に政権交代があったばかり。待っていたかのようなタイミングでの逮捕だった。
一度でも賄賂を受け取った裁判官は、次から断ることは難しくなるという。先輩からの指示があったり、口座を貸してくれと頼まれたり、従わざるを得ない場合もある。騒ぎ立てられては困るので、まだ裁判官に成りたてで正義感にあふれる優秀な裁判官はできるだけ地方に配置し、判決調整の需要の高い都市部には、操作しやすい(問題のある)人材を配置するのが当たり前になっているという。
裁判官が逮捕されたことを受けて、無罪判決は無効となり、加害者は再逮捕、暴行罪で懲役5年の刑に服すという。殺人罪で12年の懲役であったはずだなのに、なんと抜け目のないことだろう。川上から川下までと言われるように、需要を素早く察知して必要なサービスを提供するビジネスが確かに存在しており、元高官が一人逮捕されたくらいでは痛くも痒くもないのだろう。公務員も裁判官もただのコマの一つに過ぎないのだ。
こちらでは時々、重要な裁判の様子が中継されるけれど、なるほど陰鬱でボソボソとした話す裁判官が多いのもそのせいなのかもしれないと思った。とはいえ、そうでない裁判官や公務員が全くいないわけではない。そうでなければ、病死と示談で終わっていた事件だったはずだ。
#Uang 1 trilliun di rumah mantan pejabat MA
逮捕された元高官は、2年前に定年退職しているが、定年後の人生を楽しむどころではなく、家に100憶円の現金が置いてあったらきっと夜もおちおち眠れないに違いない。