インドネシアジャカルタバンドゥン高速鉄道に責任追及の動き
”ルートの距離が短すぎる。短距離では高速鉄道は必要なく、既存の路線で十分です。利益よりも不利益が多くなるでしょう”
ジャカルターバンドゥン高速鉄道プロジェクトが、経済的に非採算性が高く、また規制の要件を満たしていないとして、真っ先に反対意見を表明した、当時の運輸大臣イグナチウス・ジョナン氏。
その後、この案件は交通省ではなく、国有企業と中国の案件としてすすめられ、ジョナン氏は、2016年1月の起工式に出席しないことで反対の意志を示し、着工許可の発行に関しても基準を緩めないことなどにより、断固として反対した。
ジョナン大臣は、第一次ジョコ政権の大臣の中で、スシ漁業大臣と並んで国民に人気のあった人物。国営鉄道会社PT KAIのCEO時代に、会社の体質やサービスを劇的に改善させたことで知られ、誠実な人柄で知られていたが、やはりその通りだったと惜しまれながらも、半年後の閣僚改造でジョナン氏は運輸大臣から解任された。
ジョナン大臣が解任させられた後、大統領宮殿に呼び出された、公共政策アナリストのアグス・パンバギオ氏は、そのときの大統領との会話について次のように証言している。
「採算がとれません。国家に損害を与えることになるでしょう」と警告すると、大統領は「赤字にならないようにできるよ」「ハイテク技術だし、この国にとって必ず良いものになる。中国政府のサポートがある」
「このアイデアは誰からでたのですか?」と尋ねると、大統領ははっきりと
「これは私のアイデアだ」と答えたという。
周囲の意見を全く受け付けなかったジョコ大統領の当時の様子。さらに、複数の専門家がこの問題を取り上げ、発注金額が他の中国企業の海外での高速鉄道建設費と比較して、「3倍もの値段で計算されていた(水増し)されていたこと、費用が膨らんだ最大の要因となった ルート変更と土地収用費用の激増は、ジョコ大統領と近い関係にある企業家に利益をもたらしたことについても、議論されている。
これまで一部の批評家が追及するにすぎなかった、ジャカルタ―バンドゥン高速鉄道プロジェクトの巨額の負債に関するニュースにこれほど注目があつまっているのは、利息を含む負債の支払いがいよいよ本格化することから。
そんな中、来年度の予算会議では、プルバヤ財務大臣が、「債務返済について、政府がその責任を負うべきではない」原則を表明した。
プルバヤ氏というのは、10月の初めに退任したスリムルヤニ財務大臣の後任。
就任早々、政府が中央銀行に保持していた200超ルピアを民間投資用に開放するという早速の景気刺激策、そして、納税している庶民でなくて、富裕層の巨額な未収税金の徹底的な徴収や、汚職税務官への厳格な姿勢を宣言するなど、
まだ就任して二カ月未満だが、 「カウボーイ大臣」とも評される飾り気のない、的を得た発言スタイルで国民の人気を得ている。彼の言動により、前政権、表面上は非の打ちどころもないかのようにみえたスリムルヤニ大臣時代にどんなことが起こっていたのかも明らかにされつつある。
20倍の利子の差にもかかわらず、日本から中国へ乗り換えた理由は、「国家予算に負担をかけず、企業同士のビジネスとして行うため」だったはず、しかし、その後コスト超過を補うための大統領令で、国家予算を、KCIC(インドネシア‐中国高速鉄道会社)の筆頭株主である国営鉄道会社を通して注入している。
そのときの大統領令では、「債務返済に国家予算を使用する」とは言っていないとする解釈と、言ってるのと同じことだという解釈がある。
2023年に開業した高速鉄道「Whoosh」は、予測された通りごく限られた層によって利用されるにすぎない。収益が利息の支払い費用さえ満たすことができない深刻な赤字状態にあることから、何らかの形でAPBNの支援を求めようと、関係閣僚や国会への内密な働きかけが水面下で行われていたという。
ところが、プルバヤ財務相は「利益は自分たちが取って、損失や負債だけを政府に押し付けるのはおかしいでしょ」「ダナンタラの配当などを使って、債務問題は事業主体側で管理してください」として、きっぱりと、国家予算からの債務返済を断った。
じつは、高速鉄道運営会社KCICの株主である国営鉄道などの国有企業は既に、今年3月に設立された政府系ファンド「ダナンタラ・インドネシア」の傘下に再編されている。
プルバヤ大臣によれば、ダナアンタラは傘下の国営企業から毎年約80兆~90兆ルピアもの巨額の配当金を受け取るので、その資金を使って、高速鉄道の債務を返済することは十分可能だとのこと。
政府によれば、シンガポールのテマセクのように、経営も資金も政府と切り離し、よりプロフェッショナルな経営を目指すという。そのこと自体を批判する人はいないが、問題なのはその役員構成。
相談役には、金融市場関係の欧米人ら数名と、何故かタイ元首相のタクシン氏、運営評議会には、6代目元大統領と、7代目元大統領ジョコ氏、(5代目元大統領のメガワティ氏は断ったという)執行役は現大統領に近い人物で占められている。
ダナアンタラの運営陣は、高速鉄道プロジェクト(KCIC)の推進に深く関わってきた主要メンバー関係者で構成されているので、「自分たちで責任を持って問題を解決すべき」というのがあてはまる。
しかしながら、運営規定、資金の正確な運用ルールがまだ制定されていないだけに、どのような基準でどのプロジェクトに投資・融資を行うのか、政府や政治的意図によって資金が使用されるのではないか、疑心暗鬼な状況にある。
ダナンタラが、高速鉄道の債務返済を怠った場合、だれが責任をとるのかというと、やはり政府が責任を追及されることになる。気味が悪いのは、国営企業同士の契約で、どんな約束を交わしているのかがまだ憶測の域を過ぎないことだ。
「ナトゥナ諸島を割譲しろ」と言ってくるのではないかとか、「スカルノハッタ空港が狙われる」ことを懸念する専門家もいる。
「利用者が少ないのだから、ジャカルタ―バンドゥン高速鉄道が渡してしまってもいいのでは?」という考えは大きな間違いだということについて、軍事専門家が解説していた。
「始発駅、ハリム・ペルダナクスマ空港は、ハリム空軍基地は、単なる地方の空港ではなく、国家防衛の心臓部、 ハリム空軍基地は、大統領や副大統領、外国要人のVVIPフライトの発着地点として機能するほか、空軍の作戦司令部の拠点であり、戦闘機部隊の作戦基地、特別部隊の基地、軍用機整備施設などが集中している。」
そういえば中国プランに変更されとたんに、ルートが変わったという経緯がある。恐ろしすぎる。もちろん軍部の強い反対があったというけれど、結局は大統領令に基づいて強力に推進された。
ダナンタラ側は、中国と支払延長を交渉しているという。その中で、スラバヤまでWooshを延長するという条件が出てくるというのは一体どういうことなのか。プルバヤ大臣の言う通りなら資金を運用して返済すればいいように思えるが。
これ以上食い物にされないようにするためには、これが汚職案件であることを、世界に向けてはっきりと宣言することが急務だ。ダナンタラにとっても透明性をアピールするチャンスになるはずだが、その執行役は、ジョコ元大統領の腹心とその関係者ばかり。
ジョコ政権下での他の数々のプロジェクト案件にも、このWoosh案件と同じような疑いがあり、一刻も早く、ジョコ元大統領の責任追及が待たれる。
実際、汚職の損失額を積み上げれば、高速鉄道「Whoosh」の債務返済も、そのほかの多くの問題も一挙に解決する。汚職を犯した当人から回収する以外、他にもう道はないのが現状だが、結局この国は、大統領の一存がなければなにも実現しない仕組みになっているので、現大統領のプラボゥオ氏の決断を待つのみ。
だからこそあれほど執拗に次期大統領選挙に介入したわけだけれど、やったもん勝ちの定則をここでなんとか断ち切ってほしいものだ。
