大橋を渡ったらそこはC国だった 血も凍る土地収奪キャンペーン

ジャカルタ西沿岸部の大橋を渡り終えると、そこはまるで別の国のよう。大通り沿いは完成したばかりの全く新しい大型の建造物が整然と並んでいて、一般庶民の移動手段であるオートバイ一台走っていない。右を見ても左を見ても看板の文字が全てC国語だけであるところをみると、ここはインドネシア人向けの街でない。

日本やシンガポールでもC国人移民が増えているというけれど、ここの場合は都市ごと引っ越してきたみたいな感じだ。インドネシア語をみかけることができるのはフードコートの看板ぐらい。そのフードコートの屋根や門の装飾も本場のC国そのもの。道の真ん中に置かれたアイコンの彫像も金の龍。

区画につけられた名前は、マンハッタン、ブルックリン、レジデンスアムステルダム、フロリダ、カリフォルニア、トウキョウ、オオサカ、オキナワ...海岸公園の名前はアロハ 


ジャカルタの西側、スカルノハッタ空港から10分の距離この県は、伝統的な礼拝所が多い漁師町で人口過密地帯だったところ。オランダに服属されるまで300年近くイスラム教の王国があったところだが、何故突然、C国都市に変身してしまったのだろうか。

反対運動の第一人者である元国有企業省副大臣サイドディドゥ氏の話をまとめてみた。ディドゥ氏が、現地を訪れて住民の声を代弁するようになったのは昨年4月、政府がPIK2を国家戦略プロジェクトとして認定したときからだった。

PIK2とは、インドネシアの経済を牛耳ることで知られている中国人実業家9人の一人A氏のコングロマリット企業による不動産開発プロジェクトの名称。A氏と、10月で任期を終えたばかりのJ元大統領との蜜月な関係は、以前からよく知られている。民間事業として既に進められていたPIK2が、突然、国家戦略プロジェクトに認定されたのは政治的な意図が隠されていることは間違いない。

国家戦略プロジェクトとは、国家的に重要なインフラ建設事業であると政府が認めた案件に対し、政府が、特別な許可や土地収用などの優遇措置を与える制度。

スラウェシ島のニッケル鉱山精錬所開発や、バンドン高速鉄道など、(実態はどうであれ、形だけでも)計画の段階では、少なくとも時間をかけて検討され、開発均衡・雇用創出など何らかの社会的な利益があるものでなければならない。

PIK2は民間の不動産開発なので、国家戦略と銘打つには無理がある。政府が国家戦略プロジェクトと認定したのは、観光庁が申請した沿岸部のマングローブ公園、埋め立て地のゴルフ場と国際的なF1サーキット場建設。商業施設や住宅建設は含まれていない。

ところが、中央政府、地方政府、地元住民の権利を守る立場にある町内会長や区域の班長ら、さらに警察もやくざも一緒になって、PIK2は国家戦略に認定されたのだから、A社に土地を売り渡さなければならないと、住民に土地を今すぐ手放すよう強いる大キャンペーンが繰り広げられた。

そのやり方とは、買収ターゲットの住民宅を、毎晩訪問し、売り渡すよう説得する。どの地主も売りたくないのは当然、現地での主な産業は農業、漁業。水田や養殖場などは売渡してしまえば、住む場所も仕事も失ってしまう。

国家戦略プログラム対象地域だからどうしようもない、というのならせめて土地標準価格でということになるが、業者の提示する価格は1平方メートルあたり5万ルピア(5百円くらい)ジャカルタから1時間以内であることからすると冗談としか思えないような金額だ。これでは新しい家を買って移り住むどころではない。

土地標準価格は通常、地域の税務署が毎年更新する土地標準価格表に参照する。土地税はこの価格に従って課されるもので、街中の土地は高く道路から遠いところ安くなど、価格にばらつきがあるのが通常だが、このプロジェクトを支援するための優遇措置の一つなのかどうかは不明だが、全域一律5万ルピアに変更され、業者はこれを交渉の根拠としているのだった。

土地標準価格は、課税価格でもあるから、これは業者にとって買収後の節税対策になるが、国にとっては税収の大幅な損失となる。国家戦略のためにここまで優遇してよいことになっているのかどうなのか、そういうところをぼやかして先行実施するのが組織的犯罪というもの。ディドゥ氏によればこれは明らかな汚職スキャンダル案件。

土地を売り渡すことを丁寧に断わっても、土地証書に問題があるとして警察から呼びだされる。”不服があるのなら裁判所に訴えればいい” というが、司法も買収されているのでまともな裁判など期待できるはずもない。

父親の遺産7ヘクタールの土地を業者によって断りもなく更地にされたCさんの場合は、土地証書が国土庁によって無効にされたことに対し訴えをたてたが、2カ月間留置所に入れられた。弁護士の勧めで、土地の権利に対する請求を止める書面に署名することと交換条件にやっと釈放してもらうことができた。

”30年間も税金を納め続けてきたのに、土地証書なんてなんの意味もなかった” 7ヘクタールの土地は、丸々無償で業者に渡された。

また、生産性のある水田や養殖所を売り渡す場合は、通常の土地よりもよりも高値で取引されるのが通常だ。ジャワ島以外の地方ですら1平方あたり少なくとも100万ルピア以上だが、首都ジャカルタから1時間の距離にある水田を、これもたったの5万ルピアで手放すなんて受け入れられるわけがない。

”今、手放さないと、水路がふさがれて収穫できなくなりますよ” それでも売り渡すことを拒否した場合は、やはり土地の証書に問題があるといって警察から呼び出しを受け、裁判もなく投獄される。そして次の買収対象の村人はその話を聞いて恐ろしくなり、業者はよりスムーズに土地買収をすすめることができる。

高さ2メートル10キロメートルにも渡って左右を高い壁で囲まれた集落がある。壁の向こう側には高層アパート、開発済みの建造物は盛り土をした上に建てられているので、この集落のある場所だけが低くなり、水はけが悪くなった。

雨が降ると胸まで浸水し、何日も水が引かない。生活道は劣化がすすみ穴だらけの道を、遠回りして漁に出かける。そんな中でも団結して闘い続けている集落もある。

”遠くのパレスチナより、近くにあるパレスチナのことをかんがえてくれ” ”これは莫大な規模の土地没収と貧困化のための政策だ” ディドゥ氏が住民の声を代弁する活動を始めて最初の頃は、批判も多かった。しかし最近は、批判よりも応援してくれる人が増えてきているという。

ディドゥ氏は、現地を訪れる時は携帯も持って行かない。護衛を連れて歩けば護衛が買収されて逆に命を狙われる危険があるの。常に命を狙われる危険と隣り合わせ、警察に呼び出され逮捕されるかという時期もあったが、ネットを通した支援運動によって免れることが出来た。

国家戦略プロジェクトは、マングローブ林の保護ということになっているが、元々あったマングローブ林はそれほど広くない。そこで業者はマングローブを植えて、対象区域を延長させているのだ。戦略プロジェクト指定される前のマップにはPIK3~PIK10という番号がふられていたが、 国家戦略プロジェクトに指定されてからは、全てPIK2に書き換えられた。

海岸線30キロメートル2つの県にまたがり9つの郡が既に買収済み、業者はさらに西へ40キロメートルジャワ島の西端にまで拡大を予定している。これが実現すると、シンガポールの3倍の広さにも相当する。

インドネシアでは外国人が不動産を所有することは以前から厳しく禁止されているが、この国家戦略プロジェクトの特別待遇のような措置により、一定の条件で外国人が不動産を購入できるようになっていて、C国語しか話さない住民が多数を占めているという。

昨年、繊維産業を倒産ラッシュの元凶となった、関税を払わない格安輸入品の業者の住所がみなこの沿岸部にあるとネット民が騒いでいたことがあるのを思い出した。ディドゥ氏によると、沿岸沿いを独占されると、麻薬や武器、違法な輸入、違法外国人の出入りが簡単に出来ることになってしまう。

税金を逃れる経路となって国として成り立たなくなる。富が一か所に集中し他が貧しくなり、分裂が起る。”沿岸部を個人の占有スペースにすることは、国防上非常に危険である”とディドゥ氏はいう。

同じことは既に、レンパン島でも、カリマンタン島でも、スラウェシ島でも起こっている。J元大統領政権の10年間、国家予算、借金までして毎年何百もの国家戦略プログラムをすすめてきたが、その実態はこのPIK2と同じように、一部の資本家の利益になるだけで国には何ももたらしていないということは、もう隠しようのない周知の事実だ。

じつはがっつり中国化だったヒリリサシ政策

J元大統領が自分の後任を決める大統領選挙にあれほど執拗に介入したのも、このプロジェクトを守るため。しかし現政権にとって、経済効果を生まないどころか政権を揺るがしかねないこれらのプロジェクトはお荷物でしかない。

不動産開発を否定するものではないけれど、特別待遇は止めてほしい。土地証書があるのに、土地庁が勝手にデータを変えてしまうことができるだなんて怖すぎる。

ジャカルタという都市も元々は小さな漁村で、東インド会社が貿易の拠点にする目的で、全オランダ式で、オランダ人だけのための街として築かれたものだった...歴史が繰り返されないことを祈る。

じつはこのPIK2では、陸地の土地問題だけでなくて、海上においても、今まで聞いたことのないような手の込んだ収奪未遂事件が発覚している。さらにこの開発業者は新首都ヌサンタラとも関係してくるのだが、順を追ってまた別に書く。


パレスチナ問題についてイスラム教圏ではこう伝えられている

ゴールド高騰の影で消えていた漁村 ードキュメンタリ映画ー東からの風ーより


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