2025-02-01

ショベルカー2千台上陸で消滅危機最後の楽園 バイオ燃料促進の行き先 

縄文時代の終りは、狩猟採取から稲作を中心とした生活スタイルの変化に関係するというけれど、インドネシアのパプア州には現在でも、狩猟採取で自給自足の生活を送っている300もの部族が存在する。

彼らの主食は、サゴヤシ。熱帯雨林のジャングルの中のいたるところに生息し、切り倒した後の根から新芽が出てくるから、植え付けも必要なし。天候に左右されず、肥料も農薬もいらず、草刈もりもいらない。

サゴヤシから取り出した澱粉を水で溶いて葛湯のようにして、魚のスープなどを添えて食べる。グルテンフリーで消化がよい、血糖値の急激な上昇を抑えるなど、身体によいことばかり。ご飯とは違った満腹感があって、胃の負担が軽い。

そんなお粥みたいな食事、病人でもあるまいし、と思うかもしれないが、伝統的にサゴヤシを主食とするスラウェシ州のマルク人は、精神的にも肉体的強靭、優秀な兵士であったことで知られている。

1本のサゴヤシから100キログラムの澱粉がとれる効率の良さ。異常気象やら農業労働者の不足などに左右されない。サゴヤシを主食としている限り、買い占められることもなく、価格の高騰に苦しむこともない。

気候変動、食料不足が社会的懸念がこれからますます深刻化するであろうといわれる現代ににあってサゴヤシ澱粉が、脚光を浴びるのであればどんなにいいことだろう。しかし、サゴヤシの生息する熱帯雨林のジャングルは、鉱物資源採掘や油ヤシ農園への転用などによって激減の一途をたどっている。

インドネシアの法律では、熱帯雨林は伝統的な生活する人たちのために保護しなければならず、開発は環境への影響を考慮して慎重に行わなければならない。しかし、法律の抜け穴をついて経済的な利益を独占しようとする事業家が昔から後を絶たない。

アブラヤシ油は、世界で最も安い低価格の油、スナック菓子やチョコレート、アイスクリームやマーガリン、調味料や石鹸、ボディソープや化粧品など、植物性油脂として世界各国の工業原料として確実な需要がある。

低価格の理由は、単位面積当たりの集油量が高いこと、手間をかけずに大量に収穫できる。そして輸出による収益が期待できることから、資本家/政治家はより広い土地を占有しようとし、自然保護区の森林に手を伸ばす。

一時期深刻な問題だったシンガポールで深刻な煙害(ヘイズ)を度々発生させるカリマンタン島やスマトラ島の森林大火災が、貧しい農民の焼き畑農業だというのは大嘘。考えてみればバナナでもヤシで木さえあればいくらでも収穫できる大切な森林を零細農家が焼き払うはずがない。

火災の目的は、焼けてしまった場合の特例を利用して、企業が油ヤシ農園としての転用許可を得ることだ。しかしもう何年も、大きな森林火災や煙害の話を滅多に聞かなくなった。政府は”森林火災だけでなく森林破壊率も含めて過去20年間減少した”と国際的な場でアピールしている。

森林火災の激減した理由は、熱帯雨林を伐採して農地に転用する許可を大幅に緩和する政府の投資家優遇政策が推進されたのと対比していることから明らかだ。環境への影響に関する調査レポートが、後付けで許可が下りるほど、手続きが大幅に簡易化され、基準が不透明な森林開発許可が激増した。

政府が公表する森林破壊データは、森林を伐採して油ヤシ農園に転用されたものは(同じ緑色だから差し引きゼロという計算で)森林破壊に含められていないので、どのくらい熱帯雨林が消えてしまったのか実態が非常に分かりずらくなっている。

しかし、衛星写真を解析すれば、熱帯雨林の濃い緑色の中の至るところに人工的に植えられた油ヤシ農園の幾何学的な薄緑色が存在することは、欧米先進国の科学者や研究機関によって既に分析・研究されており、ヤシ油がEUの森林破壊防止規則の輸入禁止対象品目にされたのもそのためだ。

研究結果によれば、多様な植物と動物の生態系である熱帯雨林を、単一植物を植える油ヤシ農園に転用させることは、生物多様性を喪失させ、土壌を劣化させる、加工過程で発生する排水や二酸化炭素よりも強力な温室効果ガスであるメタンガスを発生し、かえって温暖化を加速させる。

欧州への直接的な輸出は少ないものの、間接的な工業製品の輸入も制限されるとなると需要は減退するかもしれない。さらに、より安価な植物性油脂を科学的に生成させる技術開発が近い将来に適用可能になる可能性がある。そこで政府は、トラックや船、ディーゼル車の燃料である軽油に、パーム油を混合させることを義務付け、国内の消費で需要増をはかっている。

2023年に35%、2025年からは40%と、段階的にパーム油の比率を上げて、石油の輸入を減らし、外貨を節約するのだという。但しパーム油の市場価格は変動が激しく、今のところ一定して軽油よりもコスト高であるため、政府が特定の生産業者に補助金を支給し差額を補填している。

政府が森林開発許可を大幅に緩和する一方で、自然の排水システムが破壊されて降雨の度に浸水する災害地帯が激増している。パプア州のような伝統的な生活の場である森林が破壊され、水質汚染、食糧不足、漁業や零細農業の破綻、栄養失調やこれまでにない病気に苦しめられるようになり、そしてジャカルタ西沿岸部PIKで起きている土地収奪や脅しは、は地方に行くほど更に激しい。

先日、大統領は演説の中で”バイオディーゼル促進のために森林破壊を恐れてはならない”と断言していた。前任の大統領から引き継いだ政策ではあるが、プラボウォ大統領自ら押せ押せで推進しているのは、自らも広大な油ヤシ農園を経営しているせいなのか。ジャカルタ西沿岸部のPIKのように見直すなどという話は今のところ出てきそうもない。

国内のメディアではしきりにバイオディーゼルを”環境に優しい”とか”世界で初めて我が国だけ”と持ち上げているが、これほど食料の懸念が世界的に注目されている中、食用に使える油を、わざわざ燃料として燃やしてしまうのは、正気の沙汰と思えない。

さらに悲報なのは、最後の熱帯雨林地帯パプア州のマラウケ市に2000台のショベルカーが上陸したことだ。上海の企業に、異例の大量発注をした事業家はカリマンタン島の木材で財をなし政界で権力を握る有名実業家、農業大臣は彼の従弟だ。

この事業家は、バイオディーゼルとは別の、食糧危機に備えるためのフードエステートという政策の実施を政府から一任されている。新政権が発足して間もなく、ショベルカーが上陸し、マラウケ市の三百万ヘクタールという北海道の三分の一の面積にも相当する森林が伐採された。

計画によれば、稲作水田(cetak sawa)、又は砂糖の原料であるとうきび畑に変えるという。1年半ほど前に、カリマンタン島でオラウータンの生息地を含む森林2万ヘクタールが伐採されて、キャッサバ芋が植えられたが2年経っても収穫がゼロというニュースが炎上し、森林伐採を止めるよう世論が盛り上がっていたが、結局計画の見直しはなかった。

熱帯雨林を切り開いた土地の農業利用は、そうでない土地よりも難しい。出来ないことはないが、コスト高で失敗するリスクが高い。スハルト大統領も、ユドヨノ大統領も、食糧確保のためとして同じ政策を実施したが、失敗に終わった実例がある。

稲作に適している中部、東部ジャワの農地を整備し、農民を活性化することはせず、生産性のある森林をわざわざ伐採して農地に転用しようとするのか。

”食糧確保は広大な土地を切り開くための口実で、森林の木材を売り払った利益を懐に入れ、農業は失敗させて油ヤシ農園にするのが本当の目的?”というのはいかにもありそうなことではあるが、増々濃厚に見えてくる。そして切り倒した木材は何処に消えるのか。

2千台のショベルカーは、これからどれだけパプアの森林を破壊するつもりなのだろうか。まるで戦車が上陸したのと同じように恐ろしいことだ。

パプア人は5万年も前からのこの地に住み着き、王に支配されることもなく現代まで、首長・長老に率いられる部族がそれぞれの言葉を持ち、ルールに従って暮らしてきた稀にみる民族。ご先祖様の名前も、いつから自分たちがこの森に棲んでいるのか知っているのが本物のパプア人だという誇りを持っている。

パプアの鉱山開発は以前から、環境破壊、土地収奪、人権侵害、伝統文化の破壊、貧困と飢餓が深刻であることが伝えられてきたが、これからはヤシ油農園によってさらに森林破壊がすすむ。そんな中で現地の情報を発信して反対を訴えている伝統的生活を守ってきた人たちの話を聞くと悲しくてたまらなくなる。

サゴヤシの澱粉を使ったパプアの伝統料理パぺダを食べてきた。辛くなくて何故今まで試してみなかったのかと思うほど、美味しかった。胃腸の弱ってきた年ごろには丁度いい。サゴヤシ澱粉は日本ではタピオカ粉の代用か工業用の糊として利用される安価な材料だそうだが、お米が高い今だからこそもっと注目されればいいのになと思った。


パプアフードエステートのために切り開かれた熱帯雨林
(Kompas TV)